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イチャリバチョーデー
監督メッセージ(那覇試写会にて)

私はこの映画は初めから、ウチナー口で作ろうと思っていました。
琉球が滅亡させられた後、沖縄の言葉も文化も全部日本に奪われてきて日本語が強制されていきますね。
日本は植民地とした国の子どもたちを徹底して天皇のこどもとするため全力をあげていきますが、私も実は、皇国少女として横浜で育ちました。
だから一億総玉砕という言葉を知っています。私自身が皇国少女で半分日本人であった、ということがこの沖縄の戦争に対する深い思いれとなったと思います。

沖縄戦の取材を通して私が知ったことは、沖縄もまた植民地であり、私たちと同じように全てを奪われていたのだという事。ウチナンチュも私たちも、実はイチャリバチョデー、兄弟だったわけです。
それがあの時代、皆さんは朝鮮人のことをチョーシナーと呼んでいましたね。チョウーシナーというのは人でないものなのですね。ヤマトンチュだって人として呼んでいましたが、朝鮮人はチョウーシナー。黒人をクロンボと蔑称したように。そうした植民地時代に、お互いに二等国民だ、三等国民だとお互い壁をへだてられていた私たちが、この作品でわかってくるようにお互いの体験を知って、凍りついたような顔に微笑が浮かびます。

がじゅまるの木の下のツルおばあのシーンが私は大好きなのですが、殺された現場を旅していた軍属が初めて、このおばあに微笑みを浮かべるのです。
このときに本当に私たちは兄弟、チョウーデーになったと思ったのです。

真実を知るということで、愛することを奪われていた、ウチナンチュとチョーシナーが初めてお互いのハン(恨)-チムグリシ(肝苦し)を共有し、本当の兄弟になったのだと思います。
そういう意味でこの映画を多くのウチナンチュに観ていただきたいと思っています

IMG_1193_okinawa0506.jpg

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